世界の共通語は、英語ではなく笑顔





これはラジオから流れてきた曲の歌詞で、残念ながら私の言葉ではありません(笑)。しかし、英語を教えている私にも素敵なフレーズに聞こえました。





新しい入試とその取り組みについて書き綴ってきましたが、今回で最終回です。





英語を最後にしたのは、Vクラス等の英語授業を受け持っている私が最も精通している科目だから、という訳ではありません。





恐縮ですが、単に億劫だったというのが、一番近いと思います。





教育委員会から発表された一つのソースから、さまざまな推測はできますが、殊に英語となると、やはり責任のようなものを感じてしまいます。





何から書けばいいか…、書き出してはみましたが、途方に暮れます…。






話は変わり、「情報」についてですが、






必要なときに必要なものを引き出せば、充分な代物だと個人的に考えています。






徒に大量の情報を手に入れるというのは、「石橋を叩いて渡る」ような感覚に近いと思いますが、






特に、子ども達や若い人には、多すぎることは、決して好ましいことではないと思います。





「情報がないと不安になって何もできない」となってしまうと、若い人の特権である一種の「若さ」が消えてしまうような気がしてなりません。





人格形成にも影響を及ぼします。





大人も上手な付き合い方をし、子どもたちにも手本になるように生きていきたいと、常日頃反省しています





まっしぐらに突き進むがむしゃらさや、強気は、多くの局面で大切になります。希望や情熱から生まれるのは、そんな「強さ」です。





子どもたちには、なるべく不安を煽らないよう留意しながら、学習のしかたや今の時期にすべきことを伝えていければと思います。






昨年は特に、受験に関係ない生徒にも、授業に集中できない子には「何のために学ぶのか、自分自身に問いなさい」と激励を重ねました(学問を教える立場としても、特別な1年を過ごしました)。





何かを感じ、意識しながら学ぶ子もいたように思います。





時間は平等に流れています。学習量が増える訳ですから、日常の過ごし方の工夫や「瞬間」をしっかり生きていくことは大切です。結果は追うものではなく、その積み重ねだと考えます。






さて、英語の入試問題に話は戻りますが、中学・高校(さらには大学、現在は小学校も)を通じて学びながら「英語を駆使できない」という、日本の英語教育長年の課題を払拭させようとするかのような問題が、出題されます。






単語や熟語を多く覚えれば、比例して点数がとれる、点数をとるために単語や熟語を暗記する、試験が終わったら英語は見たくない(笑)という悪循環が断ち切れると、個人的にはうれしいです。






もちろん、単語を知らないと言葉を話せないので、単語は覚えて当然ですし、学問に近道はありません。ましてや、試験ともなれば、間違いなく紙に書きますから(笑)。






モチベーションが上がらず(それも私どもの仕事ですが)、そういう作業が苦痛なら、自分の考えを主張する、そのためにはどういう表現が必要か。そういう視点から学ぶのも良い方法かもしれません。





これは性格を変えるという意味ではなく、正しいことは正しい、間違っていると思ったらおかしいと、“言葉"という最良のツールを使って、(時には勇気を振り絞って)伝えることが(時には間違っていたとしても)正義であり、自己主張です。





そういう「声」を失えば、世界は権力者や悪の思うがままです。ずいぶん大げさな表現です(笑)。つまり、考えてはいても表現・実行できなければ、何も考えていないことと同じだと見なされても仕方がないのです。





日本の古い悪しき文化そのものからの脱却を促す幾分厳しい話です。国際社会では常識ではないですか。






「無関心」は最大の罪の一つです。これからの中学生にとっては、「敵」になります。






情報は溢れています。制御できることなら、したいくらい(笑)。自分の感情だけを中心に生活していては、関心は生まれません(ましてや他者の痛みに思いを馳せることなど不可能です)。


建設的な考えや意見も生まれませんし、当然ながら試験でそれを外国語で述べるなど無理です。






「言葉」は力を失い、いつしか単なる「単語」となります。
例として、一部の子どもや若い方が頻繁に使う言葉を挙げるまでもありません。(笑)






右側に張ってあるリンクから、是非入試問題の例題をご覧になって頂ければ、幸いです。(^ー゚)ノ





今年の入試に少しは反映されるかと興味津々でしたが、例年通りの問題で、あまり参考にはならなかったようです。






「過去問」がないのは不安かもしれませんが、条件は皆同じです。そういう状況も愉しいと感じられるくらい濃密に貪欲に、たくさん学んでほしいと思います。






私は、これからの1年、いろいろ模索しながら実践指導していくと思います。子ども達が信じてついてきてくれるよう、英語もまた勉強します。






時代は刻一刻と変わっていきます。自身も変わっていかなくてはなりません。来年の新しい入試は、子どもたちはもちろんのこと、保護者の方や教育関係者、何らかの形で携わっている人たちにとって、






意識を変え成長するチャンスだと、自覚した瞬間が「始まり」です。気づくのが遅い人にはそれを促すのも自分の仕事だと思っています。





長文駄文にお付き合い頂きありがとうございました。

(え? もう終わりですか? と思っている方がいたら、すいません)





何か具体的に尋ねたいことがございましたら、直接、できうる限りお話します。こちらのブログを読んで頂けると、貴重なお時間を短縮できると思い、書きました。





まだまだ未熟ではありますが、たくさんの「確信」は持っています。それは授業を通して子どもたちに段階を踏みながら指導していきたいと思います。





有名な塾や、巨大な塾へ行っても、入試に関する情報は多分私が話すことと大差ありません(笑)。






7月頃には、個々の志望校等の具体的な話もできる状況になりますので、今はこの時期に必要なことを真剣に取り組んで頂くことが大切だと思います。





子どもたちの笑顔こそ、何よりの宝だと信じて、戦ってまいります!(^ー゚)ノ